哲学と宗教の違いとは?【ぱーらー】

こんにちは、幸福論ブロガー・ぱーらー(@parlor_bluehat)です。

今回の〝ぱーらーの幸福論〟では、いつもとはちょっと趣向を変えて、哲学と宗教の違いについて考えてみたいと思います。あくまでも僕の考え方ですが、重要なテーマだと思いますので参考になりましたら幸いです。

結論から言います。

ある思想が哲学なのか宗教なのかを見分ける上では、〝考えることを続けているかどうか〟が1つの指標になると思います。

哲学も宗教も、「宇宙とは何なのか」「人間とは何なのか」「幸福とは何なのか」といった問いに対する答えを考えている点では同じです。

哲学は、ある1つの答えを出してもなお、ああでもないこうでもないと、考えることを続けます。いわばその答えを永遠に疑い続けるのです。

それに対して宗教は、ある1つの答えを〝正解〟あるいは〝真理〟とみなし、それ以上考えることをしません。いわばその答えを永遠に信じ続けるのです。


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例えばちょっと極端ですが、「幸福とは、神に感謝することである」という1つの答えがあるとします。

この答えを受け、「なるほど、そう考えると神への感謝こそが幸福だと言えそうだ」「いやいや待てよ、別の考え方をしてみると違うかも、うーんどうなんだろう」と考え続け、場合によってはまた違う答えにたどり着くのが哲学。

この答えを受け、「そうか、神への感謝こそが幸福なのか」と信じ、その答えが絶対的なものだと永遠に思い続けるのが宗教。

その答えを誰が考えたのか(自分の頭で考えたのか、他の誰かが考えたのか)は実は問題ではありません。また、神が存在するかどうかも関係ありません。

それが僕の考える哲学と宗教の違いです。

ではどちらのほうがいいのかと言えば、正直分かりません。

ある答えを信じ、もう考えなくていいという点で、宗教のほうが楽なのかもしれません。

でも僕は哲学のほうが好きです。ああでもないこうでもないと、いつまでも考え続けていたい。常に自分の頭で「幸福とは何か」と考え続け、そのときの自分なりの答えを実践し、また考える、という作業が好きです。

考えることが楽しいです。

考えすぎてときどき激しく疲れてしまったり、そのとき自分が導き出した答えに深く絶望したりして大変なんですけどね😅

ー・ー・ー・ー

哲学と宗教の違いを、僕はこのように考えます。

〝考えることをいつまでも続ける〟のが哲学。〝ある答えをもって、考えることをやめてしまう〟のが宗教。

そして、たとえときどき疲れてしまっても絶望してしまっても、いつまでも〝哲学する〟ことをやめないでいたい。それが僕の幸福論です(そうすることが好きだから)

だから、当ブログでは幸福について毎日発信していますが、「これこそが絶対的な幸福論だ」と結論づけることはないと思います。いつまでも考え続けて、そのときに「こうなんじゃないか」と思うことを全力で発信し続けます!

この記事が、あなたが〝自分の幸福論〟を作る上での役に立てば幸いです。

〝自分の幸福論〟をしっかり持って、幸せに生きましょう!

ご精読ありがとうございました。

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